9月30日に放送された消えた天才!

中田久美さんが勝てなかった人物が紹介されていまいた。

大林久美子さんも

一体どのような人物なのでしょうか?



消えた天才の名前は大谷佐知子さん

消えた天才の名前は大谷佐知子さん!

中田久美さんと一緒に史上最年少の15歳で日本代表入りもしていました!

2歳年下の大林素子さんも大谷佐知子さんを大絶賛!

「こんなスゴイ選手は見た事が無い」と語っていました!

また、当時の日本代表を指導していた西村佳隆コーチからは衝撃的な発言が飛び出していました!

なんと当時バレーを初めて1年足らずだったそうです!

1984年には当時18歳でロサンゼルスオリンピックにも出場していました。

しかし、4年後のソウルリンピックからは大谷佐知子さんの姿は無かったそうです…



大谷さんが消えた理由は??

大谷佐知子さんは現在53歳!

大阪の吹田市の教育委員会で働いているそうです。

当時の目標はロサンゼルスとソウルで金メダルを獲得する事だったそうです。

しかし、ロサンゼルスオリンピックから4年後のソウルオリンピックでは大谷佐知子さんの姿はありません。

彼女が消えてしまった理由とは一体何だったのでしょうか?

当時の事を大谷佐知子さんは頭が真っ黒になったと語っていました。

ソウルオリンピックの1年前の1987年。

国内リーグに参加していた大谷佐知子さんはある試合で膝にケガをしてしまいます。

当時の事を彼女は「膝が違う方向を向いていた」「太ももから足先まで紫に腫れた」と語っています。

ケガの状態は右ひざの靭帯損傷で復帰までに手術とリハビリで1年かかるとの診断だったそうです。

しかし、ケガから約2ヶ月後、膝をテーピングで固め試合に出場していました!

目標としていたソウルオリンピックまで1年も期間が無かった為、強行して試合に出続けました。

しかし、無理をした結果、膝がさらに悪化し、選手生命にピリオドを打ってしまう結果となりました。



大谷さんがケガを押してまで試合に出た理由は?

手術とリハビリを行えば1年で復帰し、選手として活動を続ける事が出来た大谷佐知子さん。

なせ、ケガを押してまで試合に出場し、ソウルオリンピックにこだわったのでしょうか?

実は大谷佐知子さんは1984年のロサンゼルスオリンピック終了後、中田久美さんとある約束をしていたそうです。

その約束とは4年後のソウルは2人の力で金メダルを獲得するという物!

この約束を守る為にムリしてプレイを続けたそうです!

この約束は大谷佐知子さんにとってはスゴク特別だったそうで、34年の歳月を経て、中田久美さんに伝えらました。

現在、大谷佐知子さんは再びバレーコートに立ち、監督をしてました。
中田久美さんが全日本の監督に就任した事に刺激を受け、日本代表監督である中田久美さんに預けられるような子供を育てる事を目標にしているそうです!

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