12月11日に放送されたザ!世界仰天ニュース。

今回の放送で福知山線事故の真相を紹介していました!

福知山線事故の真相とは一体何だったのでしょうか?



大事故が起きた理由は?間違った社員教育とは?

2005年4月25日兵庫県尼崎市でJR福知山線で起こった列車の脱線事故。

朝の9時過ぎという通勤時間帯に起こったこの事故は死者107人、重軽傷者562人という大惨事でした。

事故を起こした車両は制限速度が70km/hのカーブに116km/hで進入し、その結果脱線!

この列車では何が起きていたのでしょうか?

2005年4月25日、事故を起こした当時23歳の運転士は朝6時に出勤。

運転士になって11ヶ月だったそうです。

午前9時、宝塚駅で数本の運航を終えた彼は上りの快速列車に乗り込みました!

この列車は僅かだか列車は予定時間よりも遅れていました。

午前9時13分39秒。

この列車は北伊丹駅を時速120k/hで通過します。

この時、遅れは1秒ほど解消していたそうです。

遅れが出た場合、可能な正常のダイアに戻す回復運転という運転があるそうです。

その方法とは停車時間の切り詰めや加速、ブレーキのタイミングなどで時間を短縮するという方法です。

これらは運転技術が必要な作業でしたが、運転士は少しでも遅れを取り戻そうと焦っていたのかも知れません・・・

彼は2000年にJR西日本入社し2004年5月に念願かなって運転士となりました。

新幹線の運転士になる事が夢だった彼は休日さえも運転技術の向上に充てるほど真面目な性格だったそうです。

そんな彼は運転士になって3週間目にこの日の運行中にブレーキ操作を誤り、停車位置から100mのオーバーランというミスを犯しました。

これによりダイアに8分の遅れを出してしまし、上司に厳しく追及されます。

1時間半にも及び事情聴取・・・

さらに日勤教育が彼に課せられます。

日勤教育とは事故原因の分析や自覚、職務の重要性などを理解さえ2度とミスが起こさないようにする為の教育システムがあるのですが、当時、大阪や兵庫の日勤教育の実態は懲罰的なもの!

日勤教育行くとなった者は別メニューの勤務となります。

その主な内容は事故の顛末書や反省文の作成でした。

担当指導員に支持されたテーマでの反省文を書くそうですが、この時運転士は「自分のうぬぼれについて」「なぜ、行きすぎたのか?」「自分のよわいところについて」という内容の文章を書かされたそうです。

ミスを犯した自分を責め続ける毎日・・・

さらに反省文も「反省になっていない」と書き直させられ、日勤教育者は他の人から見えるような場所で晒し者の様に行われたそうです。

13日間にも及んだ彼の日勤教育ですが、「同じことをもう一度したらどうする?」という上司の言葉に「運転士を辞める」と言わせる程でした。

もちろんこの日勤教育は彼だけに限らず、日勤教育と称しトイレ掃除や草むしりをさせられたケースやある運転士はホームの運転士に自分のミスを繰り返さないように声をかけさせられたそうで、今でいうパワハラが当たり前の様に行われていたそうです。

過去に日勤教育を受けた元JR西日本の運転士は自分で自分を追い込むような文章となりだんだん追い詰められ、4日目・5日目には弁当の半分も食べられない程だったそうです。

「完全なイジメ」、「ミスをしたらこうなるそ」「晒し者」と語っていました。

事故があったこの日、もう一度同じミスをしたら運転士を辞めると語っていた彼はかなり追い詰められていたのかも知れません・・・

そして伊丹駅直前で事件が起こります!

「停止」という非常ブレーキを促す警告音を聞いた彼は非常ブレーキをかけ、伊丹駅に停止します・・

しかし、操作を誤り停止駅から72mもオーバーする事に!

その結果、遅れは1分8秒に増えました・・・

伊丹駅は乗り降りが多い駅の為、出発時には遅れは1分20秒に・・・

関西はかなり私鉄が頑張っている為、JR西日本はJR東海やJR東日本に比べると経営基盤が弱く、私鉄に勝つために列車の本数を増やしていたそうです。

さらにダイヤを守る事には異常なまでに厳守しており、秒単位で所要時間の短縮を図っていました。

さらに当時のJR西日本はミスなんどさせないとうい方針をとっていました。

この状態でのオーバーランと遅れにより運転士は平常心を失っていきます。

9時16分45秒、運転士は最後尾にいる車掌に連絡をします。

車掌は列車の遅れやミスを司令員に連絡を行っています。

その後回復運転を試みたのか列車は125kmまで加速。

そして運転士は車掌が司令員にどのような報告を行うのか気になりブレーキをかけ始めるポイントを見失ってしまいます。

その直後、列車車内は激しく揺れはじめ、時速116km/hでカーブに突入します!

慌ててブレーキをかけますが、16秒遅く線路わきのマンションに激突しました・・



事故後、生存者を苦しめたものとは?

無事に帰還できた生存者たちにもPTSDという症状が現れます。

PTSDとは心的外傷後ストレス障害と言い、強烈なショック体験や強いストレスが心の傷となりストレス障害を引き起こす精神的な後遺症の事で、電車に乗る事や突然事故の体験がフラッシュバックする事があり何故大勢の人が亡くなったのに自分が生き残ったのかと考えるようになった人もいるそうです。

この状態をサバイバーズ・ギルトと言い、生存者罪悪感とも呼ばれ大災害や大事故で生存者が自分が助かったことに対して罪の意識を抱くも状態です。

この事故の生存者の多くはこのサバイバーズ・ギルトに悩んだそうで、事故後、自ら命を絶った方のいたそうです。

事故後、JR西日本は余裕の無かった事故ダイヤを改善し、乗務員再教育システムを見直し、さらに急なカーブに対しては自動列車停止装置を設置するなど様々な処置がとられました。