12月28日に放送された中居正広のキンスマスペシャル。

今回の放送では2018年12月31日で芸能界を引退する滝沢秀明さんが登場。

滝沢秀明の衝撃の過去と引退の真相が紹介されていました。

さらに中居さんから解散した2人へ伝えたかった大切なこととは一体何なのでしょうか?



滝沢秀明さんの衝撃の過去とは?

今回金スマに登場した滝沢秀明さん。

今回の放送で初めてとなるであろう彼の衝撃の過去を語っていました。

1982年東京都八王子市で3人兄弟の末っ子として生まれた滝沢秀明さん。

幼い頃から可愛らしい顔立ちをしていましたがその反省は生まれる時から壮絶なものでした。

彼が生まれるとき運悪く病院の分娩室は満室。

そのため彼の母親は待合室のベンチで滝沢秀明さんを産んだそうです

少年時代の滝沢さんは人と接することが苦手で一人でいることが多かったそうです。

しかし彼の母親は明るく社交的な性格。

滝沢さんはそんな明るい母親が大好きだったそうですが、父親との関係はあまり良くなく実の父親から愛情を受けたことがなかったと語っていました。

その理由は彼が唯一覚えている父親との思い出にありました。

それは彼がまだ幼稚園の時。

普段めったに口をきかない彼の父親は滝沢さんに頼み事をしてきました。

この時はお父さんの手伝いを出来ることで嬉しかった滝沢さんですがこれを最後に父が帰ってくることはなかったそうです。

理由は両親の離婚。

それを喜んで手伝ったことだけが滝沢秀明さんの父親に対する唯一の思い出だったそうです。

その数年後この手伝いをしたことを少し後悔し更に現在も父親とは連絡を取っていないと語っていました。

そして、この両親の離婚をきっかけに彼の人生は一変。

鉛筆や消しゴムを買うこともできないくらいの極貧生活が始まります。

この時、母は朝から晩まで働きづめの毎日。

両親に代わってあげた兄が面倒を見てくれました。

生活が苦しく食べるものにも困った彼の家では小麦粉を水で溶き、ホットプレートでホットケーキの様に焼いた物にケチャップなどを塗って食べていたそうです。

また、小麦粉すら食べられない時はお菓子だけで過ごすこともあったそうです。

当時、服を買う余裕もなく真冬でもタンクトップと短パンで過ごしていた滝沢さん。

彼が小学生の頃はバブル全盛期。

そんな時代に洋服を買えないような家で生活しているのは彼だけでした。

鉛筆や消しゴムも飼えなかった彼は学校での落し物を自分の物だと嘘をついて授業を受けていました。

そして彼にとって一番つらかった時期はクリスマス。

父がいなくなり生活が苦しい彼の家ではクリスマスを祝う習慣はなく、授業で行うクリスマスの思いでという作文には会えなくなった父との嘘の思い出を作り発表しました。

着るものにも食べるものにも困っていた少年時代ですが、彼に最も足りていなかったものは父親という存在でした。

そんな幼少期を過ごした滝沢さんは子供ながら早くこんな生活を抜け出したいと強く願うようになっていたそうです

そして中学に上がった頃子供ながらどうやったら働けるのかと考え始めたそうです

そこでまず最初に進もうと思った道は当時大好きだったプロレス。

しかし周囲の中学生と比べて華奢なだった滝沢さんはプロレスラーの道を断念。

そんな時、たまたま滝沢さんが見たのは当時姉が夢中になっていたKinKi Kidsでした。

当時のことを「どこでもよかった。とにかく何かをやらなければいけないと考えていた」と語っていた滝沢さんは最終的に行き着いたのがジャニーズ事務所でした。

特にジャニーズが好きだったわけではなかった彼ですが書類選考を通過しオーディションへ進みます

しかしもともと人前に出るのも苦手だった滝沢さん何をするかもわからず会場へと向かいました

そこで彼の人生を超えるある人物と出会います

滝沢さんにはん