4月17日に放送された笑ってコラえて。

今回の放送では三河屋製麺の社長である宮内さんが登場しています。

この人は一体どの様な人物なのでしょうか?



宮内巌とはどんな人物?

ラーメンの有名店を含め、900店に麺を卸す三河屋製麺。

この三河屋製麺の社長こそが宮内巌さん。

三河屋製麺は約9000店舗に麺を卸す業者であり、店舗によって要望が違う為、約280種類もの麺を作っているそうです。

その量は1日7万食!

今この瞬間も誰かが三河屋製麺の麺を食べている事になりますね!

そんな三河屋製麺の社長である宮内巌さん!

彼は当初、麺業界ではなくプログラマーを目指していたそうです。

そんな彼が学校を卒業後就いた職業がSE。

他者が作ったプログラムをチェックする仕事のSEに対し、やりがいを見出せずに就職後4年で会社を辞めたそうです。

その後、彼が就職したのが父が二代目社長を務める三河屋製麺です。

よく考えたら自分の父親が会社をやってることに気づいても再就職だったそうです!笑

超理系の宮内さんはその日の天候や水の量によってどのような麺が出来るかを統計として収集し、麺作りを行っていきました。

そして次に行ったのが営業でした。

しかし、当時1種類しかなかった三河屋製麺の麺を受け入れてくれるラーメン店やスーパーは見つからなかったそうです。

そんな折、当時の三河屋製麺の麺を使ってくれていたラーメン店がスープーを変えたことで、麺とのバランスが悪くなったと告げられます。

そこで宮内さんは大きな取引先であったこのラーメン屋の新しいスープーに合う麺を作る為、試行錯誤を繰り返し、試作品を何個もラーメン屋へ持ち込んだそうです。

20個目の試作品に納得したラーメン屋店主はその麺を使用することに決めました。

この時、ラーメン店の要望に合う麺を作れば三河屋製麺の麺を使用してくれると気づいた宮内さんはラーメン店を回り、どんな麺なら使用してくれるかを聞きまわりました。

地道な活動の結果、三河屋製麺の麺を使ってくれるお店が増えてきたとき、一人のラーメンの鬼と出会います。

その方こそが支那そばやの佐野実さんです。

当時、支那そばやは自家製面を使用していたそうですが、そのラーメンを食べた宮内さんはある違和感を覚えたそうです。

その違和感の正体は小麦粉でした!

当時、支那そばやの麺にはうどんで使用する国産の小麦が使われていました。

それを知った宮内さんは支那そばやに麺のサンプルを送ったそうです。

その結果、のれんわけしたお店で麺を使用してくれることとなります。

さらに2000年に出店したラーメン博物館には三河屋製麺の麺を使用する事となります。

この結果、非常に細かい部分まで麺のレベルが求められるようになり、この出会いが無くては今の三河屋製麺は無かったと話しています。

その後、ラーメン博物館に出店していた支那そばやは自家製麺を使用する事となり、契約は無くなたのですが、ラーメンの鬼 佐野実が使っていたという理由から三河屋製麺の取引先は雪だるま式に増えて言ったそうです。

さらに、超有名店であるつじ田との出会いによって、さらに細かな面の改良を行います。

当時の事をラーメン店つじ田の創業者の辻田さんは「面を使用するまでに1年かかったが、宮内さんは諦めなかった」と語っていました。

こうして、1点1点の要望にこたえる事で三河屋製麺の麺の種類は280種に!

従業員も総勢140名を超える会社に成長しました!