世界の何だコレ!?ミステリーで紹介!チャップリン運転手を務めた高野虎市とは一体何者?7月31日放送

7月31日に放送された世界の何だコレ!?ミステリー。

今回の放送では20世紀の喜劇王であるチャールズ・チャップリンについて放送されており、彼の運転手を務めた日本人・高野虎市が紹介されています。

高野虎市とは一体どの様な人物なのでしょうか?



チャップリン運転手を務めた高野虎市とは一体何者?

チャップリンの運転手を務めた高野虎市さんは運転手だけでなく、チャップリンの秘書も勤めたいたそうで、さらには護衛やくも買って出ていたようです。

1人で何役もこなす高野虎市さんですが、彼はれっきとした日本人。

1885年に広島県に生まれた高野虎市さんは裕福な家庭に育った為か、15歳の時に移民としてアメリカに移り住みました。

移民としてアメリカに移り住んだ高野虎市さんが当時住んでいたのはロサンゼルスであり、この時、チャップリンが運転手を募集している事を聞きつけ、面接に向かいます。

後に固い絆で結ばれる事となる二人が出会ったのはこの時であり、面接事態は車が運転できるのか?と聞かれただけのとてもシンプルなものだったそうですよ!笑

この質問のみの面接であった為、高野虎市さんは即採用。

チャップリンの運転手として働く事になりました。

高野虎市さんはとても真面目な性格であった為、しだいにチャップリンに気に入られるようになり、最終的には秘書としても働く事になりました。

さらには、チャップリンの1年半にも及ぶ世界旅行にも帯同させるなど、高野虎市さんへの信頼は非常に大きく、彼にとっては親友とも呼べる人物だったようです。

実はチャップリンのい

チャップリンが大の親日家となった理由に高野虎市さんの影響は大きかったのでしょう。

しかし、2人の別れは唐突に訪れます。

当時のチャップリンの内縁の妻ポーレット・ゴタードの浪費癖を高野虎市さんが指摘した結果、彼女との口論が続発。

チャップリンはその度に仲裁に入っていたそうです。

そして高野虎市さんは自身もポーレットと彼の仲を第一に考え、日本へと帰国してしまったのです。

結局これが今生の別れとなってしまい、その後、1971年に高野虎市さんは死去。

チャップリンと2度と会うことは無かったそうです。